2022/06/06 Mon

【館長ブログ】絵具のしたたり(06)

ピカソと運動会

私が公私ともにお世話になっている漫画家で、”あおきてつお”先生という方がいる。

 

かれこれ、30年以上のお付き合いをいただいており、私にとっては実の兄以上の存在である。

 

 

 

 

作品はNHKのドラマ化にもなった、陶芸漫画の金字塔「緋が走る!」や「ショパンの事件譜」、「島根の弁護士」

 

 

最近ではなんと古代史も研究され、「邪馬台国は隠された」という作品を漫画ではなく書籍として発表されたり

 

 

41年ぶりに小学館の「まんが日本の歴史」の新刊、平安時代編を描くなどとして、精力的にお仕事をされている。

 

 

 

 

今から約20年ほど昔。

 

 

 

私があおき先生のアトリエに遊びに行った時、直接ご本人から一つの恐ろしい話を聞いた。

 

 

 

いわゆる「漫画家あるある」的な内容なのだが業界人が聞けば全員ドン引きするだろう驚くべき話。

 

 

 

実は・・・

 

 

あおき先生のお子さんが通っている小学校の同じ学区内に偶然にも少年ジャンプ出身の超大御所『M宮先生』がお住まいで、
お子さん同士はお互いの家を行き来して遊んだりする、ご近所さんだった。

 

ある日。

 

小学校の運動会が近々開催されるという事で、会場の飾りつけとして、横幅2メーター以上もある大きな雪洞を作る。
という話がPTAの役員会議で決まったという。

 

学区内にプロ漫画家が二人もいる。

 

と、どこからか情報を手に入れたPTAの役員が、あおき先生宅を訪れ、雪洞に絵を描いてくれないかと依頼。

 


その後はM宮先生のところでもお願いに行く予定だという。

 

 

驚くべきはその依頼内容なのだが、大きく分けて三つ。

 

 

①「お宅の旦那さんはプロの漫画家なんだから簡単でいいから、ちょいちょいと描いてもらえればいい」

②「できたら子供たちが喜ぶドラゴンボールの絵を描いてほしい」(当時人気絶頂期だった)

③「運動会の最後にはキャンプファイヤーに絵を投げ入れて盛り上がる予定です♡」

と、一気にまくしたてたという。

 

 

 

業界関係者が聞いたら・・・まさに驚天動地、前代未聞のとんでもない依頼内容である。

 

プロ漫画家に絵を(しかも2メートル強の)直筆イラストを頼むと画料はいくらになるのか?

それが一線級のあおき先生はもちろん、ほぼ日本中の誰もが知る”少年ジャンプ”の黎明期から活躍し続け、暴走族出身のサラリーマンが大暴れする漫画など、数々の大ヒット作を今なお発表し続けている超大御所の『M宮先生』のギャランティなど想像もつかない。

 

 

その先生方に著作権侵害を強要し、挙句の果てには描いたそのイラストをキャンプファイヤーで燃やすというのだ。

 

 

まさに暴挙としか言いようがない・・・

 

 

このPTA役員は、厚顔無恥というのか、

 

もしかすると人間国宝の日本画作家にも簡単に絵を無心できるくらい太い神経をお持ちなのか、漫画だから軽く見ているのかはわからない。

 

 

しかしなんにせよ、相当マズイタイプで絶対近づいてはいけない人種であることは間違いない。

 


ともかく、このPTAの役員はケロッとした顔で、原稿料換算で下手をしたら三桁にも上る作品を無償で描かせ、犯罪である著作権侵害をさせつつ数時間後には燃やして廃棄すると言ってのけたのである。

 

 

その話を聞いた時私は文字通り青ざめ、開いた口がふさがらなかった。

 


最終的にそのPTA役員は常識のある他の役員から相当きつく止められたようで、不承不に諦め、事なきを得た。

 

 

残念ながら、このPTA役員のようなタイプは日本には、まだまだ多い。

 

 

値札の付いているモノにしか価値観を見出すことが出来ず、音楽や技術。伝統、文化などの創作物を理解できない。

さみしい民度の持ち主であるというほかない。

 


一方、これを海外に目を移すとピカソの有名な話にぶち当たる。

 

ある日ピカソの大ファンだという女性が一枚の紙を差出し、サインを求めた。

 

ピカソは快くそれを承諾し30秒ほどで小さな絵を描いて渡した。

 

そしてピカソは、「この絵の価値は100万ドルです」という。

 

女性はたった30秒で描いた絵が100万ドル?と驚くとピカソは「いいえ30年と30秒です」と答えた。

 

 

つまり30秒で描かれた絵に到達するまでピカソは30年という時間をかけ昇華させていった。

 

だからこそ、その絵には100万ドルという価値になるという話だ。

 


時代や背景は違えど、ピカソにしろ”あおき先生”や”M宮先生”はもちろん、

 

昨日、デビューしたての新人作家にも、生み出される作品の背景には必ずそれなりの歴史がある。

 

 

個々の作品の価値や評価は様々であるのは当然ではあるがある種、そんな俯瞰した角度で作家たちの作品を紐解くのも、さらに理解が深まり面白いかもしれない。

 

 

 

光臨アートギャラリー初代館長
佐佐木あつし